第4話 撮りたいスペインとは何?

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初稿公開日:2012年3月28日

スペインってどんなイメージでしょう?

このように聞かれたら何て答えますか?
どんな国でも一言で表現するのは
むずかしいものです。

でもスペインは、
案外たくさんイメージが
出てくるかもしれませんね。

最初は闘牛でしょうか?

闘牛士(マドリード)  414
闘牛士(マドリード)  414

それともフラメンコでしょうか?

フラメンコは歌、舞踊、ギターと、
それぞれとても奥が深いと言われています。
中でも魅力的なのが踊り手。
ここでは女性の踊り手を中心に、
見所や踊りから受ける印象について
話題を絞って書いてみます。

まずは、
ボディ・ラインを強調させた衣装。
民族衣装の中でも男女共に
「粋でおしゃれ」ですね。

特に女性の衣装は、
踊る際のスカートさばきにも注目します。
スカートの動きは変化に富んだ弧を描き、
見方によっては海岸に打ち寄せる
「波しぶき」の形を思わせませんか。

また
彼女達が身につける花や簪の髪飾り、
イアリングなどの装飾品は、
とても目を引きますね。

フラメンコ・ダンサー(マドリード)  476
フラメンコ・ダンサー(マドリード)  476

小道具を使って踊りに変化をつける

小道具は、
表現にバリエーションを持たせる為の
とても重要な小物達です。

例えば、
下の写真中央に置かれた「黒い帽子」。
このコルドバの帽子を上手く使って、
小粋な娘として踊ってみせる。

また時には、
舞扇も登場させる事もあります。
コロニアルの貴婦人風に
優雅に扇ぎながら...。
上品で、そして軽やかに。

他にも、そうですね…。

もう一度、下の写真をご覧ください。
下に敷かれた
刺繍入りの大きなマントン(ショール)を、
使う時もあります。

マントンを使って大胆に、
かつ抑揚のある流れで
視覚空間を様々にカットをする。
形を大きく変えて広がるその様は、
さながら空に翼を広げて
自在に飛ぶ鷹のようにも見えます。

フラメンコ衣装と小物:水玉のスカート、コルドバの帽子と花飾り、カスタネット、その下は刺繍が施された黒いマントン(ショール)  1493
フラメンコ衣装と小物:水玉のスカート、コルドバの帽子と花飾り、カスタネット、その下は刺繍が施された黒いマントン(ショール)  1493

さてここまでは、
フラメンコの小道具や
衣装の事などを羅列してみましたが、
踊りの表現方法が多岐に渡ると
感心しませんか。

これだけでも十分に、そして
圧倒的に観客を魅了しますが、
更に踊り手が音を奏でる方法として
カスタネット、手拍子(パルマ)、
指ならし(ピトー)があります。

そして何と言っても
観客にとっての一番の醍醐味は、
”Zapateado”(サパテアード)。

サパテアードとは、足の踏み鳴らしの事

フラメンコの靴は、
つま先と踵に沢山の釘が
打たれた特殊な靴です。
この靴を使用してリズミカルに、自由に
自己表現をすることが出来ます。

特に男性の踊り手が
短ブーツを履いて踏み鳴らす
ダイナミックで、力強い
「サパテアード」は見物です。

また、
このサパテアードと
ギターとの掛け合いが
行われることがよくあります。

クラシック音楽で例えるのなら、
協奏曲(コンチェルト)であり、
独奏楽器とオーケストラの
掛け合いの部分とも
言えるのでしょうか。

以上の事から、
踊り手自身もまた、
見事な楽器の奏者であることを
忘れてはなりませんね。

フラメンコの靴  1039
フラメンコの靴  1039

それからご参考までに
フラメンコの靴の写真も
ご覧下さいね。
ヒールの部分も含めて
かなり頑丈な作りになっています。

また余談ですが、
つま先やヒールの釘の事。
誤ってどちらかのかかとで、
もう一方のつま先を
思いっきり踏んでしますと
大変痛いことに(笑)。
フラメンコのお話は、
楽しいので切りがありませんね。

少し長くなってしまったようなので、
さあ、次へちょっと急いで行きましょう。

次は、風車?それとも聖地サンティアゴへの巡礼でしょうか?

下の写真をご覧ください。
何の道だと思われますか。

「何の道って、農道でしょう?
それに青い空と小麦畑!」と、
間髪をいれずに答えが返ってきそうです。

実は、
この道はスペイン北西部にある町
“Santiago de Compostela”
(サンティアゴ・デ・コンポステーラ)へと
繋がっています。

絹の道:サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路の一つ(カスティージャ・イ・レオン地方サモラ)  878
絹の道:サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路の一つ(カスティージャ・イ・レオン地方サモラ)  878

「銀の道」のルート

サンティアゴ・デ・コンポステーラ。
このサンティアゴの町とは、
キリスト教の「世界三大聖地」の一つです。
有名な町ですから何度か耳にされた事が
あるかもしれませんね。

サンティアゴ巡礼道の道標(カスティージャ・イ・レオン地方)  11542
サンティアゴ巡礼道の道標(カスティージャ・イ・レオン地方)  11542

また、幾つかある巡礼路の中には、
スペイン南部の都市セビージャ(セビリア)から
北西にあるサンティアゴの町まで、
「銀の道」(ビア・デ・ラ・プラタ)と
名のつくルートがあります。
これが今、上でご覧頂いた道なのです。

ところで、道の名には
どんな由来があるのか調べてみると、
アラビア語の”al-balat”
(アルーバラト)の語源から、

またより有力な説として、
ラテン語由来の”delapidata”
(デラピダータ)と呼ばれる
石畳の道、また敷石で舗装された道など、
諸説があってはっきりしていません。

いずれにしても、遙か昔の紀元前から
当初は区間も限定的な
古代ローマ時代の道が存在しており、

軍事目的で建設された後は、
北部で採掘された金や錫等を
本国ローマへ運搬するため、
集中的に管理する必要性から
新たな町の建設も進み、
道も時代と共に拡張されていったのです。

夏の巡礼路・銀の道

夏の巡礼路(カスティージャ・イ・レオン地方)  28983
夏の巡礼路(カスティージャ・イ・レオン地方)  28983

この道で私が撮影しておりましたら、
夏休暇を利用した旅人が
何人も横を通っていきました。

頭の中でざっと
目的地までの距離を計算したのですが、
数百キロあるので何日もかかりそうです。
日陰もない畑の中をいったいどのくらい
歩いていくのでしょうかね。

しかし彼等の歩く姿を見て思うのは、
巡礼の旅は今も昔も変わることなく、
過酷さに違いはないでしょうから、
現代でも足の疲労はもとより、
暑い中を歩いていくには
それなりの対策は必要ですね。

ちなみに
スペイン内陸部の酷暑の様子を想像するとしたら、
そうですね….。ご存じのバロック音楽、
あのビバルディの「四季」の夏から、
第1楽章の曲と楽章につけられた
ソネット(詩)の一説がもうぴったり。

「太陽が照りつける過酷な季節に、
人も羊の群れもぐったり...」。
まさにこの詩を彷彿させるような
炎暑になるのですよ。

昔の巡礼者、旅は今生の別れ

余談になりますが、
中世ヨーロッパの巡礼者達は
途中で行き倒れになったり、
時には山賊に出会ったりと、
危険が一杯だったと言われています。

でも考えてみれば同時代の日本でも、
まさにそうだったわけで、
例えば、ほら、思い出しませんか?
紀貫之の「土佐日記」を。

紀貫之は船旅でしたけれど、
道中祈願の
「馬のはなむけ」をしてもらったり、
海賊に会わぬよう祈る記述が
作品の中に見られたり。

いずれにしても当時の「旅の出発」とは、
家族や友人との
「今生の別れ」を意味したのでしょうね…..。

そして次なる対象はと言うと、
ガウディの建築など
まだまだ答えはいっぱい出てきそうですが…..。

サグラダ・ファミリア(バルセロナ)  369
サグラダ・ファミリア(バルセロナ)  369

さてスペインのイメージ、
いくつ湧いてきましたか。

確かに今まで掲げたのは
いずれも「スペインと言えば?」と聞かれて
思いつくものばかり。

そしてこれらの1つ1つを、
トランプのスート(絵柄マーク)にして
テーブルの上にでも並べたら、
どれもこれもずいぶんと個性的なものばかりそろっている
「スペイン・トランプ」になることでしょう。

Blog-4-28

でも、他にもっとスペインらしさを決定付けるものがあるとしたら何でしょう?

例えば、ヨーロッパの他の国と比べて
スペインは「エキゾチックな国」と、
感じたことはありませんか?

下の写真の扉は、
南部スペイン・アンダルシア地方
”Cordoba”(コルドバ)の町にある
古いモスクの扉なのですが、

もしご説明しなければ
「中東、それとも北アフリカのモロッコの辺り?」と
迷われるかもしれませんよね。

モスクの扉(アンダルシア地方・コルドバ)  1494
モスクの扉(アンダルシア地方・コルドバ)  1494

初めてこの扉を見たときのことですが、
「スペインにこんな
エキゾチックな建造物があるなんて!」と、
驚嘆した覚えがあります。

夕闇の寺院の扉は
ほんのわずかの間、黄金色に染まります。
やがて、その日最後の光を浴びながら、
扉の形も、装飾も、
静かに、静かにフェイド・アウト。

その光景は息をのむほどの美しさで、
その後スペインにおける私にとっての
特に印象的な一風景となりました。

エキゾチックの話を先に進めます

さて、エキゾチックである話を
更に進めるために唐突なのですが、
ここで数字を話題にしてみようと思います。
何の数字か少し考えてみてくださいね。

「エキゾチック=781」って何でしょうね。
ええと、逆に「何?何の数式?」と、
聞き返されてしまうでしょうか。

そうですよねぇ。
この数字だけでは
あまりにも漠然としていますもの。
ですから早速種明かしをしてしまいます。

エキゾチック・781(ナナ・ハチ・イチ)。
口に出していって見ると、
妙に語呂合わせの良い数字ですが、

この781とは、781年間スペインで
イスラーム教徒による領域があった
年数のことなのです。

そしてこのエキゾチック・スペインを
とてもよく現しているあるものを
このコルドバの旧市街で見つけました。

ティー・サロンの看板:白い漆喰壁の外壁に埋め込まれた絵タイル  1495
ティー・サロンの看板:白い漆喰壁の外壁に埋め込まれた絵タイル  1495

それが上の写真です。
店の外壁に埋め込まれた看板ですが、
まずは少しの間どんな印象を受けるか
じっと眺めてみてくださいね。

いかがですか…..?

装飾絵タイルの図柄は、
アラブ風ランタンと文字ですね。
“Salón de té”(ティー・サロン)と
スペイン語で書かれた文字は
イスラーム風の
カリグラフィの字体を彷彿させます。

違和感もなく、
とても上手くまとまっているデザインで、
眺めているとなんだか雰囲気に誘われて、
ここでペパーミントのお茶でも飲みたくなりませんか。

正にこれぞ「エキゾチック・スペイン」だと思いませんか?

中世時代のイベリア半島

さて、ここで飽きの来ない程度に
さらっと歴史のお話をしようと思います。
どうぞ聞いてくださいね。

シナゴーグの女性(アンダルシア地方・コルドバ)  1496
シナゴーグの女性(アンダルシア地方・コルドバ)  1496

中世の時代、
スペインとポルトガルがあるイベリア半島は、
2つの領域に分かれていました。
1つはキリスト教徒の領域、
もう1つはイスラーム教徒の領域でした。

最初はスペイン北部山岳地帯へ
イスラーム教徒達によって
追い込まれてしまったキリスト教徒達も、
781年かけてなんか。

少しずつ、少しずつ、
イベリア半島という碁盤上の
黒・白の碁石のように、
それぞれの勢力図が変わっていきました。
それも途中、取ったり取られたりという
過程を何度も経て…..。

そして1492年、
ついに最後のスペイン・イスラームの王国
「グラナダ王国」が陥落します。
ちなみに日本では、ちょうど奈良時代から室町時代。
京都での応仁の乱後、
戦国時代が始まった頃までの時期と重なります。

al-Ándalus” アル・アンダルース

パティオの水盤  1497
パティオの水盤  1497

ここまでお話を致しますと
「なるほど!
エキゾチック・スペインってこれだったのか」と、
改めて納得する方もいるでしょう。

そしてこの間、
イスラームが支配していた領域名を
“al-Ándalus”(アル・アンダルース)と
呼ばれているのです。

またここでとても重要なのは、
イベリア半島では
他のイスラーム圏とは別の、
アル・アンダルース独自の文化・産業などが
存在したということなのですね。

彼らが残して行った置き土産

パティオ(アンダルシア地方・コルドバ)  1498
パティオ(アンダルシア地方・コルドバ)  1498

こうした文化遺産は、
スペイン南部のアンダルシア地方を
中心に今もなお存在しています。
今後ブログでご紹介する度に、
「知らなかった!そうなんだ」とか
「こんな風に工夫していたのね!」
なんていうのも出てくるかもしれませんね。

でも、スペインは
このエキゾチックな歴史の部分をだいぶ長い間、
残念ながら見てみぬ振りをしていた
時期もあったと言います。
まるでそんな歴史は
存在しなかったかのように…です。

個性的な文化を持つ
エキゾチックスペイン。
それはアル・アンダルースの存在が
あったからでしょうね。

そして、それは
以前お話しした私の子供時代の疑問、
「唐草文様は、
国や地域によってなぜ違うのか?」にも繋がる、
東洋の香りが漂うスペインであり、
自分にとってこの時代を知る事は、
とても魅力のあるものだと感じたのです。

コルドバ旧市街の夜

さて…..。
撮りたいスペインのテーマでご紹介したコルドバの町。
この町の最後は、
夜の風景で締めくくりたいと思います。

どうぞ下の写真をご覧下さい。

メスキータ(モスク)のある通り(アンダルシア地方・コルドバ)  1499
メスキータ(モスク)のある通り(アンダルシア地方・コルドバ)  1499

こちらは日没後の
旧市街にあるモスク周辺です。
先程ご紹介した夕暮れ時の扉は、
左手中程辺りでしょうか。

またモスクの塔(現在は教会の鐘楼)は、
細部までライト・アップによって
くっきりと浮かび上がり、
昼間と違う別の美しい姿を
披露してくれたのですが、

観光客も、
日中歩き疲れてもうへとへとと。
あれほど賑やかだったモスク前の土産物屋も
夜は閑散としています。
昼間の喧騒は一体何処へやらです。

あら...?
撮影している背後から
歯切れの良い馬の蹄の音が聞こえて来ました。
まだ見えて来ませんが、どうやら石畳を行く
観光馬車のようです。

やって来ましたよ!お客さんを乗せて…..。

すぐに目の前を通過した観光馬車を
追うようにして少し歩いてみたものの、
馬車が左の角を曲がる頃には、
流石の私もカメラを持って一日中歩いたせいか
一気に疲れが出てきたようでした…..。

それでは、コルドバの町については
この辺で♪

美術館での絵画との対話

さて場所は変わって首都マドリード。

私のスペイン写真に於ける
メイン・テーマである「アル・アンダルース」...。
さてこのテーマのイメージをもっと膨らますには
どうすれば良いのでしょうか?
またちょっと考え込んでしまいました。

以前も、テーマ探しで
悩んだことをお話しましたよね。
でもイメージを膨らますヒントは、
意外と自分の周りにごく普通に
存在しているのも確かです。

プラド美術館(マドリード)  933
プラド美術館(マドリード)  933

そのような訳で、町の美術館も
とても良いヒントを与えてくれます。

上の写真は、
マドリードのプラド美術館の正面部分。
そこにはディエゴ・ベラスケスの彫像があります。

そこで美術館へ入館する前に
この像へ近寄っていき、
思わず彼の顔を覗き込んでしまいました。
眺めている中に心の中で
ふと浮かび上がった思いは、
『彼もやはり、
作品作りに苦労されたのでは?』でした。

画家ベラスケスの像(マドリード)  928
画家ベラスケスの像(マドリード)  928

見上げる高さにある天窓や、側窓から昼間の自然光が差し込む美術館

プラド美術館外壁の像(マドリード)  923
プラド美術館外壁の像(マドリード)  923

美術館内で漠然と佇む時。
或いは次の絵画へと一歩足を進めようとすると、
鑑賞していた絵画やその他の絵画からの呟きが
聞こえてきませんか?

それは人によっては呟きというより、
1枚1枚の絵画から発する
エネルギーを感じるとも言えるでしょうね。

ここには、日常生活と異なる空間の
楽しみ方があります。
例えばお目当ての絵画の場所では、
しばし立って観賞もよし、
または備えつけのベンチがあれば、
好きなだけ腰を下ろして眺めてみる。

そんなひと時は、
なんとも言えぬ満足感があるものです。

それから、
絵画とその時の自分とが
対話できる双方向の楽しさもあります。
絵画に対する投げかけは毎回訪れる度、
会話の内容が異なり飽きることがありません。

プラド美術館(マドリード)  937
プラド美術館(マドリード)  937

絵画との対話はおそらく誰もが
「えっ?この絵…。
前に観た時と印象が違うけれど、
こんな風に描かれていたのね…」と、
何度か同じ絵画を鑑賞していくうちに
はっとする新たな発見に気づく事があるはずです。

絵画から学ぶこと

それから
絵画は画家が意図した通りに、
我々の視線が
そこへ行ってしまうのは至極当然です。
ですがそれだけに留まらず、
私にはもう1つの楽しみがあります。

それはメインになる人物や物以外に
描かれている情報、
例えば当時はどんな生活や
風景だったのだろう…と、
1つ1つ興味を持って考えていく事なのです。

人形と絵カード(マドリード)  1500
人形と絵カード(マドリード)  1500

さて、
絵画に対するお話が済んだところで
テーマ「撮りたいスペインとは何?」である
今回のお話もほぼ終わりに近づいて来ました。

最初は
スペインの持つイメージから始まり、
「エキゾチック・781」へ、
そして美術館でそのイメージを
膨らませるお話を致しました。

今後は絵画への投げかけのように、
アル・アンダルースと
心で対話したことを旅先から、
またそのテーマから離れて、
魅力溢れるその他の地方や
現在住んでいる町「マドリード」についても
書き綴っていこうと思っております。

パティオの花々(アンダルシア地方・コルドバ):パティオには色とりどりの花が飾られ、まるで夢のような空間である  723
パティオの花々(アンダルシア地方・コルドバ):パティオには色とりどりの花が飾られ、まるで夢のような空間である  723

では次回からは、
首都マドリードを離れて
地中海からお話が始まる予定です。
どうぞお楽しみに♪

最後までご覧頂きまして
ありがとうございました。

初稿公開日:2012年3月28日

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第4話 撮りたいスペインとは何?」への4件のフィードバック

  1. アンダルシア地方の黄金色に輝くモスクの扉の写真についつい引き込まれ暫く眺めておりました。エキゾチック781、アンダルースという場所での文化の混ざり合いとそれを自分達の文化として昇華した当時の方々、そしてソレを無かった事かのようにしまいこんでいた歴史という部分がとても興味深くて今までのスペインに対する印象とはまた違った感想をもてました。写真もさることながら、文章も読ませますね^^紀行物小説とかでも売れそうな気がします。次回も楽しみにしてます^^

  2. よはねさま\n 早速コメントをいただきましてありがとうございます♪ \nモスクの扉の風景について一言。日没間近の夕陽は、刻一刻と目の前の風景を変化させて行きます。まるで朝夕の陽の光は時間の早回しかと錯覚してしまうほど時間がありません(笑)。このモスクの扉にあたっている夕陽も最後の一瞬です。しかし、いつもカメラに収めたい気持ちと、そのまま陽が沈む迄、何もせずにずっと眺めていたいというジレンマがあります。ここがいつも難しい所です。\n \n スペインは多くの顔を持っていて、どれをピックアップしても旅人にとって魅力がある国と思っています。今後ともよろしくお願いいたします♪

  3. 素敵な文章の中に素敵な写真が収められて、スペインに飛んでいきたい気持ちにさせられます。\r\n南欧の写真の多くは、乾燥した澄んだ空気感を表しているものが多いように感じていましたが、Mikikoさんの写真には湿度を感じます。\r\n日本人特有の感覚なのかもしれませんね。\r\nこれからも楽しみにしています。

  4. Sulcataさま\n\n こんにちは。写真・文の具体的なコメントをいただきましてありがとうございます。\nとても嬉しく拝見いたしました。さてご自身が言われている「南欧のイメージ」は、まさにその通りです。\n内陸地の夏は大地が暑さでカリカリになり、見ていて気の毒?な気がいたします(笑)。とは言え、これから初夏(5月末-6月始め)まではとても美しい季節を迎えます。例えば、小麦畑一面の緑、そして休耕地には真っ赤なアマポーラの花の群れが白や黄色の小さな花々と点在します。絵の具をチューブからそのまま出したような色があるのもスペインの1つの顔です。\n\n 日本人である私自身を通して見たスペインをこれからも撮り、書いていけたら…と思っております。今後ともどうぞよろしくお願いいたします♪

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