アラベスク文様の手帳から・・・インデックスへ戻る
初稿公開日:2012年2月27日
「もう一度原点に帰れ」とは?
写真のメインテーマが決まらず悩んでいた私。
そんなある日広場でコーヒーを飲み、ひらめいた。
その内容とは一体何だったのか...?
そんなお話でしたね。
では折角ですので、
まずどんな広場なのかを
本題よりも先にご紹介いたします。
マドリードらしくて私の好きな場所の1つです。
サンタ・アナ広場
今、手元にあるのが古地図が載った本。
これを見ますと17世紀のマドリードには、
この広場は見当たりません。
どうやら広場になる前には修道院や、
それに付随する学校があったようです。
当時、この辺は建て込んでいて、
今よりも窮屈な雰囲気だったかもしれません。
![Plaza Santa Ana 「夜のオープンカフェ」 MADRID 477](https://temikphoto.com/wordpress/wp-content/uploads/2018/12/TEMIKPHOTO-477.jpg)
さて、
この辺りは文芸地区と呼ばれています。
スペインの黄金時代の15―16世紀の頃。
画家のベラスケスや、
小説「ラ・マンチャの男」を執筆した
文豪セルバンテスも住んでいた地区なのです。
また当時、芝居小屋があったことから
脚本家や舞台関係者が、
この辺りの居酒屋で毎晩熱弁を交わしていたのは、
想像に難くないですね。
そして現在の風景は、と見回しますと…
広場ではスペイン人の中に
外国人観光客も混じってテラスで座ってお喋り。
長方形の広場の3辺には白亜のホテル、
タパスをつまめるBARやレストラン、
タブラオ・フラメンコが店を連ね
ちょっとつまんでは他の店へ。
食べるのが好きな人、
飲むのが好きな人には
楽しい限りかもしれません。
さて下の写真は、
ホテルの右隣にあるタブラオ・フラメンコのお店。
とても人目を引きますね。
入ってみたくなりませんか?
![Tabrao Flamenco 「タブラオ フラメンコ 」 MADRID 474](https://temikphoto.com/wordpress/wp-content/uploads/2018/12/TEMIKPHOTO-474.jpg)
またこのお店の外壁には、
マドリード、セビリアやグラナダの町などの景色を
装飾絵タイルで見事なまでに施されていて、
一見の価値があります。
お店の装飾絵タイル
タブラオ・フラメンコのお店の奥で、
恋人同士をテーマにした
美しい装飾タイルを見つけました。
窓越しにお喋りをする2人。
窓越しの会話とは半分隔絶された世界。
見ている私達さえも一緒にときめく気分です。
![En Tabrao Flamenco 「絵タイルの壁」 MADRID 1485](https://temikphoto.com/wordpress/wp-content/uploads/2018/12/TEMIKPHOTO-1485.jpg)
男性は、右手でギター・ヘッドを支え、
ボレロにブーツ姿。
恋人を誘いに来たのか、
それともここでギターを爪弾くのでしょうか?
それからもう1つ。
このタイルのライティングです。
気づかれていましたか?
ハート型に光をあてるなんて、
なんともおしゃれではありませんか?
あまり長居は無用。
ハート型が消えてしまわないように、
私達はこの辺でそーっと外へ出ましょうか。
広場近くの通り
この辺りは週末の夜になると、
車道に人が溢れかえります。
それも夜中まで車が通れぬほど。
ここは今も昔も、
「人が集まり、楽しくワイワイ」は変らないようです。
![Calle 「マドリードの旧市街路地」 MADRID 475](https://temikphoto.com/wordpress/wp-content/uploads/2018/12/TEMIKPHOTO-475.jpg)
かつては喜劇の芝居小屋
そして広場の残りの1辺には何が建っているのでしょう。
そこには、ホテルと対峙するように建っている
由緒正しいマドリードの劇場の原型とも言うべき、
”Teatrodel Príncipe” (テアトロ・デル・プリンシペ)があります。
旧名称は “Corraldel Príncipe”(コラール・デル・プリンシペ)。
![Teatro 「劇場」 MADRID 1484](https://temikphoto.com/wordpress/wp-content/uploads/2018/12/TEMIKPHOTO-1484.jpg)
劇場の装飾的なファサード(正面)が
ご覧になれますか。
旧名称の「コラール」は、
16世紀末の芝居小屋が由来。
紳士から職人さんまで、
そして老若男女が、
建物の中庭で催される喜劇の芝居を楽しんでいました。
ただし当時の建物は、レンガ造りに赤茶の瓦屋根だったとか。
どこの都市も一言では表現できないように、
このサンタ・アナ広場周辺も
「古きマドリードが凝縮した形で残っている地区」と、
思って頂ければ良いと思います。
カフェテリア・スイスのコーヒー
そして
私が腰をおろしている「カフェテリア・スイス」。
広場の一角にある100年以上の歴史ある老舗で、
コーヒー用のミルクは、泡がきめ細かくて定評があります。
![Cafe "SWISS" 「カフェ スイスのコーヒー 」 MADRID 1486](https://temikphoto.com/wordpress/wp-content/uploads/2018/12/TEMIKPHOTO-1486.jpg)
さて味わい方は人それぞれ
私は今日は少しだけ
お砂糖を入れていただきます。
スプーンでかき回して…と!
『うーん!』
香ばしい良い香りが立ち上り鼻をかすめます。
ところでサンタ・アナ広場の様子、イメージ出来ましたか?
気持ちの良い日なので
このまま気楽に気の向くまま
お喋りでもしてしまいそうです…。
いえいえ、それでは気を取り直して…。
![Cafe "SWISS" 「オープン・テラスのカフェテリア」 MADRID 473](https://temikphoto.com/wordpress/wp-content/uploads/2018/12/TEMIKPHOTO-473.jpg)
ここからは、本題のお話を致します。
そうです。
この広場で飲んでいて何をひらめいたのかです。
コーヒーを飲んで思い浮かべる事って何でしょう?
この問いかけには、
いろいろ答えが出てきそうです。
私もこの日、
何気なくコーヒーを飲んでいたのですが、
ふと『コーヒーやお砂糖って何処から来たのでしょうね』と、
自問自答。
![Cafe 「アルメリアの陶器に入ったコーヒー豆」 MADRID 1487](https://temikphoto.com/wordpress/wp-content/uploads/2018/12/TEMIKPHOTO-1487.jpg)
そしてお砂糖も含めて、
どちらも中東から拡散されていたなんて…。
今を生きる私達の周りを取り巻いている物は、
その存在自体が当たり前に見えてしまいます。
考えてみますと、
ちゃんと歴史があって世界中から来ている物ばかり。
この日は広場のカフェで飲みながら
『コーヒー&砂糖は何処から?』と、
次々にしりとり風に連想しながら飲んでいたのです。
そして次は...?
文化はどういう風に伝播していくのだろう?
この質問に対して考えを
さらに発展させていきます。
人間の欲求というものは本当にきりがなく、
次から次へと湧くものです。
例えばある物が
「おー!これは素晴らしい」。
さらに「これも便利!」と言うように役立つのであれば、
小さな社会から大きな社会へ
商人達の運搬やまた過酷な戦争による略奪も含めて
世界的規模に伝播していきます。
![Tabrao Flamenco 「タブラオ フラメンコの絵タイルの壁」 MADRID 1488](https://temikphoto.com/wordpress/wp-content/uploads/2018/12/TEMIKPHOTO-1488.jpg)
現代の情報速度に関して言えば
「インターネット」というツールであっという間。
ですが、
昔は各時代の乗り物の速度で伝播していったのですね。
そして次の連想先の「文化」という言葉
そう言えば日本はよく地理的観点から、
文化の東の終着駅と言われます。
では『このスペインとは一体どんな国なのだろう...』と。
さてこの話を展開する前に、
次回は日本にいた頃にどんなことに興味を持ち、
スペインへ来たのかを先に説明したいと思っています。
今度は「神様」ではなく、10代の頃へと遡ります。
物事に対して興味を持つきっかけは、
意外にも単純な理由が多くありませんか。
それでは、また次回お待ちしています♪
初稿公開日:2012年2月27日
アラベスク文様の手帳から・・・インデックスへ戻る
こんにちは~!ぽんぽこです。パソコンから何故だか行けなくて、スマホからです。\r\nステキな写真がいいっぱいですね。おいしいカプチーノが飲みたくなりました。
こんにちはー!!aoです(*´∀`*)\r\nスマホから見てます☆彡写真とっても綺麗で癒されます…!!
aoさん、こんにちは。ありがとうございます!マドリードだけでなく、今後南のアンダルシア地方の写真もUPして行きます。お時間あるとき、また当ブログへお越しくださいね♪